今昔写語こんじゃくふぉとがたり

岡山県に関する日本の古い写真

初代児島駅の南側にあった小田川沿いの下津井電鉄の本社ビルでしたっけ?
児島商船学校→児島海員養成所→児島海員学校→海技大学校児島分校→2009年に廃校・・・寂しいですね。
この素敵なご婦人方はいまどうされているのでしょうか・・・。気になります。
橋の形もすっかり変わってしまいました。橋の向こうに下津井電鉄線の架線や架線柱が見えますね。
文化センターって、こんな昔からあるのですね。
1966年11月(昭和41年11月)竣工の大正橋の工事が始まったところだと思います。奥にはそれまでの大正橋(今もあります)が見えていますね。
高台に移転する前の児島高校ですね。
国旗が掲げられているということは何かのイベントだったのですね。立派な石柱も、原型をとどめているのは1本のみで寂しいです。
年代からして、皆さんもう還暦を過ぎて古希を向かえようといったところでしょうか?
広大な塩田を横目に海まで続いていた川は埋めたてられて道路になっています。端艇部だったかボート部だったか、部の端艇が係留されていますね。
道路になった後、端艇は遠く離れた児島海員学校に係留されるようになり、部員は大変だったのではないかと思います。
昔は川幅も狭かったのですね。
子供たちは何を見ているのでしょうか・・・
1960年代には既に長いアーケードがあり随分と賑わっていたようです。今では往時をまったく想像できない通りになっています。
下津井電鉄の踏み切りが見えますね。1972年に児島~茶屋町間が廃線となり、「小川駅前」は「小川7丁目」になりました。
新常盤橋からの撮影です。
この川も小田川というのでしょうか・・・
下津井電鉄の初代児島駅ですね。
プレハブのようになった二代目児島駅とは異なり立派です。
今は駐車場になっていますが、二代目だった頃のこの地は「児島バスセンター」となり、下電バスや両備バス・タクシーでとても賑わっていました。
広大な塩田跡に駅ができ、そして新しい街が誕生して数年が経つと、すっかり変わってしまいました。かつてここが長い長いアーケードの商店街で、かなり賑わっていたとは思えないほどです。

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