中山寺の参道

中山寺の参道の今昔写真を撮ってきました

中山寺は、兵庫県宝塚市にあるお寺です。
子授や安産祈願で有名なお寺で、豊臣秀吉や中山一位局が訪れ、安産祈願をしました。
中山一位局が、無事に明治天皇を出産したことから、日本で唯一、明治天皇に認められた勅願所となりました。
中山寺の腹帯「鐘の緒」をいただきに、今でも全国から参拝する人が絶えません。

この日も雨にもかかわらず妊婦さんや、小さな赤ちゃんを抱えたお母さんがたくさん参拝に来ていました。

今回の古写真

中山寺の参道

中山寺の山門をくぐった後の長い参道で撮った写真です。
大きく変わってなかったので撮影は簡単でした。

中山寺の参道

右側には華蔵院、左側は宝蔵院へ入る門があります。
参道は昔に比べるときれいに舗装されて、参道の先に見える本堂は、撮影した季節は大きくなった木の緑で隠れていますね。

撮影場所はこのあたり



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清水寺門前

清水寺の仁王門脇から松原通に向かって撮ってみました

お盆のお墓参りを兼ねて、清水寺に行ってきました。
清水寺には入っていませんが、入り口で撮れる今昔写真があったので、トライしてきました。

今回の古写真はこちら

清水寺門前

簡単そうでしたが難しかったです。
まず、今は左に映っている三重塔は無くなっています。
右側の松原通のお土産屋さんの並びがポイントになりそうですね。
また、石の柵?の感じもヒントになりそうです。

なんとなく場所はわかるので何度かトライしてみましたが、なかなか難しかったです。

撮影した場所はこのあたり、仁王門の少し横です。

仁王門

そこから撮影してみると、こんな感じで撮れました。
ばっちりここ!っていうのがわからなくて、なかなかうまく取れなかったんですが、
帰ってからみてみたら、赤線の部分が一致する部分なんじゃないかと思います。

清水寺前

次回、清水寺に行ったときには再トライしてみたいと思います。

今回の撮影ポイントはこちら。



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天満橋の位置

今と昔の地図を比べられる超便利なサイトがとっても楽しかった

このサイトを見ていただいている方は、古い地図に興味がある人も多いと思いますが、
古い地図はそれだけでも面白いですが、今の地図と比較できるともっと楽しいです。

「今昔マップ on the web」

という大変便利なサイトを見つけたので紹介します。
古い地図と今の地図を同時に比較して見れるというむちゃくちゃ便利なサイト。

1892年からの古地図と、今のGoogleMapの地図を左右の画面で比較できます。
左側の画面でマウスを合わせたところが、ピンポイントで右側にもカーソルが現れるので、
どことどこが対応しているのかがとてもわかりやすい。

今と昔の地図を見比べるサイト

思わず自分の実家や、今の仕事場とか昔の地図を旅してみた。
さすがに、1892年にはどこも田んぼや山の中という結果になったが、
どの年代で開発が進んだのかも地図を年代順にみていくとわかります。

大阪の旭区周辺。
メジャーな道路といえば、東京から続く国道一号線。
でも、古い写真を見るとそこから入っていく細い道が、昔の京街道だったことがわかります。

京街道

古い地図を見ると、国道一号線のような道はなく、とても新しい道だということがわかります。

天満橋駅方面から見た天満橋の姿の今昔写真
で気になってた天満橋の位置。
1892~1910年の明治後期の時期では、

天満橋の位置

同じ場所に架かっていました。
他にも見ていくといろいろな発見があります。

今後の今昔写語の撮影にも役に立ちそうです。

四天王寺

石の鳥居から見る、極楽門と五重塔。四天王寺の古写真と同じ場所を探しました。

今回は四天王寺の写真です。

四天王寺

谷町筋から入ってすぐの、石の鳥居から覗く極楽門と五重塔の写真です。
ぱっと見て場所はすぐわかったのですが、実際に写真を撮ってみると少し変わっていました。

四天王寺 鳥居

石の鳥居のサイズをほぼ同じにして撮影してみましたが、極楽門や五重塔のサイズがどうも合いません。
昔は鳥居がもっと東側にあったのかもしれませんね、昔のほうがもっと近く感じます。
また、五重の塔の屋根の形が違ってますよね。
ちょっと調べてみると、室戸台風や大阪大空襲など、幾度も再建されているようです。

四天王寺 室戸台風の被害
<四天王寺公式HPより>

大阪大空襲で炎上する四天王寺の伽藍
<四天王寺公式HPより>

どちらもすごい被害ですね・・・・
炎上している写真なんか、関係者の人はどういう気持ちでこの光景を見てたのでしょうか。

詳細な設計図などは残っていなかったのかもしれません、完全に消失してしまっているので再建で形が変わったんでしょうか。
古写真の撮影はもう少し高いところのようにも感じるので、撮影ポイントの違いでしょうか。

今回撮影したポイントはこちら



撮影ポイントを探すのは簡単でしたが、これだけ時代が変わるといろいろと変わりますね。

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大阪城天守閣

大阪城天守閣の古写真から、今昔写真を撮ってきた

大阪城天守閣の今昔写真を撮ってきました。
大阪城天守閣までのお話は、もう一つのサイト全国観光地スタンプラリーで書きましたので、読んでください。

さあ、さっそく天守閣にやってきましたー!のところから。
今回の古写真はこちら

大阪城天守閣

わかりやすーい!
天守閣そのまま撮ればいいわけですね。

仕事の昼休みを利用して自転車で天守閣までやってきました。
台風が去った後なので、天気が良く気温も低くてちょうどいいくらいでした。
自転車で走ってもそんなに汗をかきません。
2、3日もたてば、また夏の酷暑が待ってるんだろうな・・・

さあ、今回は探すも何も、天守閣をそのまま撮ればいいだけ。
角度をそろえてパシャリ!ばっちりです。

大阪城天守閣

撮影前は、古写真の左にあるお店は、今も並んでいる店かなと思ってたんですが、

大阪城とお店

実際に行ったら違ったみたいです。
角度も違うし、もしかしたら改築で移動したのかな。

今回の撮影は超簡単でした。
これまで撮ってきてるのはどれも簡単なものばかり。
同じ大阪城周辺でいえば、

大阪砲兵工廠
大阪砲兵工廠とかもあります。



大阪砲兵工廠はここにあるので、また時間を見て行ってみたいと思います。

今日の撮影場所はこちら



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天満橋

天満橋駅方面から見た天満橋の姿の今昔写真

今回は天満橋の今昔写真を撮影してみました
天満橋の古い写真はこちら、

天満橋

撮影してから思ったけれど、これは天満橋北詰か南詰どっちからとったんだろうか。
勝手に南詰、現在の天満橋駅があるところから撮ったと思ったんですが、
もしかすると北詰の可能性もあるかもしれない。

とにかく、同じような角度で写真を撮れるところを探す。
南詰で撮ったとすると、ちょっと東の上流側から撮影しているので、今のOMM(マーチャンダイズマート)のあたり。
橋を下から眺めている感じなので、少し川側に降りたところですね。

おそらくこの辺から撮ったんじゃないかなぁと思います。



OMMの北側に川に降りる石段がありました。
そこを降りて撮影したのがこちらの写真。

天満橋

まったく同じ角度ではない感じですが、だいたいこの辺かなぁと思います。
もっとバッチリと取れた写真があれば投稿してください。

橋とかは、時代とともに場所が変わったりすることも多いので、
当時からここに架かっていたのか自信はありませんが、
江戸時代は一筋東に架けられていたそうです。
現在の橋は1935年に架け替えられたものですが、
古写真に写っているのはそのひとつ前の橋で、1885年(明治18年)の淀川大洪水により流失した木造の橋に代わって架け替えられた橋です。
まったく同じ場所にかかっていたのかわかりませんが、wikipediaでは明治時代の木造の橋は’谷町筋と空心町筋(現在天満橋筋と呼ばれる筋)を結ぶ位置に架け替えられた’と書かれています。

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大阪城のお堀

大阪城の今昔写真を撮りに行きました 南側のお堀を東向きに撮影

前回の記事と同じような大阪城のお堀の写真がほかにもあります。

大阪城のお堀

左手に天守閣があり、正面には山が広がっています。
あの山は生駒山です、私とかは毎日見ている風景です。
正面の生駒を越えるとと奈良になります。

以前、生駒山上から大阪市街を眺めたときには、大阪城がかろうじて見えました。
夜だったのでお城らしきものがライトアップされている・・・あそこが大阪城あたりかなぁ・・・程度でしたが、
実際に案内板にも大阪城が見えると書いてあったので、昼間は見えるのでしょう。

生駒山が正面に見えるということは、西側から東側に向かって撮影された南側の堀ということですので、
さっそく撮影に。

よく行く場所なので、位置はすぐにわかりました。

大阪城のお堀の古写真

写真右半分に見えるのが生駒山です。
そして、古い写真には櫓が2つあるのですが、今は1つしかありません。
かつてはこちら側の石垣の上に一番櫓から六番櫓までが建っていました。
今は手前に見える六番櫓、と写真では見えませんが奥の石垣をぐるっと回ったところにある一番櫓しか残っていません。
写真に写っている奥の櫓は三番櫓でしょうか?

ちなみに、これが櫓が建っていたころの写真です

大阪城の櫓

今回の撮影場所はここ。



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大阪城古写真

大阪城の今昔写真を撮りに行きました 南から大手門方面に向かって撮影

前回のブログ記事の写真

大阪城

これを見たとき、左側に見えるのは大手門から出てる通りかなと思っていました。
タクシー降り場から歩いてすぐのお城の正門にあたるところです。
なので、大手門の南側かなぁと思って回ってみたんですが、そこに行ってみたら違いました。

その代わり他の違う古写真と同じ場所を見つけました。

大阪城

写真は南側から北に向かって写真を撮ると同じように撮れました。
少し傾斜のある通りが、大手門から出ている通りです。
大阪城の大手門は西側にあり、西側を通る上町筋沿いには、大手前高校や大手前小学校があります。
このあたりまで来ると、大手前小学校から子供たちが礼儀正しく登下校しているのをよく見かけます。

大阪城



この撮影した場所から東に続く道沿いには、たくさんの桜が植えられていて、
春にはとてもきれいな桜のトンネルが見られます。
大阪城は桜の名所でもあり、春にはたくさんの人が桜に囲まれた大阪城を見に来ます。

大阪城の桜

さて、撮った写真を比較してみます。

大阪城の今昔写真

ほとんど昔と変わっていませんが、
大きな櫓がなくなっていますね。
古い写真に写っているのは3階建の伏見櫓で、第二次世界大戦の終戦直前の空襲で焼失してしまったそうです。
秀吉の伏見城解体の際に、その多くの建物はいくつかのお城やお寺に移築されました。
伏見櫓というのは、特にその時にお城に移された建物をいいます。
ここにあった伏見櫓は他の一般的な伏見櫓よりも大きく、一般大名の天守にも匹敵するほどの立派な櫓と言われていました。
そんな立派な櫓が焼失してしまったのは残念ですが、きっちり古写真には写っていますね。


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大阪城の写真を撮りに行きました

大阪の観光地の一つ大阪城、今昔事務所から歩いて5分で大阪城です。
昼休みにちょっと歩けば写真が取れるので、お堀の写真を撮りに行きました。

大阪城

同じように見える場所はいくつかあるんですけどね、お城とかはあまり形変わらないのでわかりやすいですね。
写真の左側にある部分に出口があるので、大阪城では3箇所ほどに絞られます。
結局西側の写真だったので、ちょっとうろっとしたらすぐに見つかりました。
大阪城結構広いので、反対側とかだと行くのが面倒でしたが、西側で昼休みの間に行けてよかったです。

写真の左側から出ているのは今の京橋口で手前の櫓は乾やぐらというそうです。

大阪城古写真

写真を撮った場所はここです。



ほぼ同じ角度で撮れました。
今では向こうに京橋駅辺りのビルが立ち並んでいます。

撮ってきたしゃしんはこちらで比較することが出来ます。
今昔比較写真

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男山八幡宮

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全国各地の古写真を使って、その場所の今はどのようになっているのかをみんなで探しましょう。
昔の古い写真に写っているいる場所の今の場所がわかれば、貴重な資料となります。
かつてのあの場所の今を集めていきたいと思っています。

古い写真に写っている場所が、実は近所の公園だったとか、実はここには池があったとか。
古い写真を見るとその地名の由来がわかったりします。
貴重な古い写真を、好奇心を持って楽しく見れる、そんな場所にしたいと思います。
いつの時代のものでもかまいません、同じ場所でも違う時代に撮られたものを集めれば、
全く違う風景に変わった場所でも、撮影地点を割り出すことができます。
みなさんの、たくさんの古写真のご提供をお待ちしております。